NHKのラジオ番組「エンジョイ・シンプル・イングリッシュ(Enjoy Simple English)」では、簡単な英語でいろんなストーリーを楽しむことができます。
この番組には、日本語訳(和訳)が付いていません。「英語で聴きなはれ」というわけです。
でも「日本語訳がほしい」と思う方もいらっしゃいますね。そんな方へ向けて、私の拙訳を公開します。逐語訳ではありません。内容をつかむための参考になさってください。
今回は、かのコナン・ドイル原作 ‘The Adventure of the Sussex Vampire’ (サセックスの吸血鬼)の第一話です。
サセックスの吸血鬼 第一話
「ワトソン、この手紙を見たまえ。君とは旧知の仲のロバート・ファーガソンが、吸血鬼のことでわれわれと話したいことがあるようだ」
「吸血鬼だって? あいつ、正気なのかい」
「わからないな。でも困っているようだ。明日の朝にこちらへ来るように伝えるよ」
次の日の午前11時、ロバート・ファーガソンはホームズの事務所にやってきた。ファーガソンは言った。
「5年前、僕はペルー出身の女性と結婚したんだ。僕たちは男の子の赤ん坊を授かったばかりだ。妻はとても優しい人だ・・・でも、この数ヶ月、まるで別人のようになってしまって・・・
ジャックを―ジャックは僕のもう1人の息子なんだが―妻は二度もひっぱたいたんだ! ジャックは15歳で、僕が最初の結婚をしたときに授かった子どもだ。ジャックに手を上げるなんて、ひどいことだ。ジャックは小さい頃の事故のせいで背中に障害を負っているというのに。
でも、妻はもっとひどいことを、僕たちのかわいい赤ん坊に対してしでかしたんだ」
「続けてくれ、ロバート」
「およそ1ヵ月前のことだ。赤ん坊の面倒を見てくれている保育士さんが『奥様が赤ちゃんの首に噛み付いていました』と言うんだ。
僕は、妻にこのことを問いただした。でも妻は、悲しそうに僕を見つめるだけで何も言おうとしなかった。今では、僕と会おうともしないで自分の部屋に鍵をかけて閉じこもっているんだ」
「今、赤ちゃんは安全なのかい?」
「ああ。保育士さんがずっと張り付いているからね。だから今は、ジャックのことのほうが心配なんだ。どうして妻はジャックをひっぱたいたりしたのか、僕にはわからない」
「ふうむ。もっとよく事情を理解するためには、君の家にお邪魔したほうがよさそうだ」
「それは助かるよ!」
数日後、ホームズと僕は、サセックス州にあるロバート・ファーガソンの家を訪ねた。ファーガソンは、ホームズと私を家の中へ招き入れ、石でできた暖炉のある大きな部屋へと案内してくれた。その部屋の壁には、銃やその他の武器が飾られていた。南アメリカ製のようだった。
ホームズはそれらをじっと注意深く観察し、そして突然こう言った。
「やあ、こんにちは!」
1匹の犬が現れて、ゆっくりとファーガソンに近寄っていった。その犬が歩行に困難を抱えていることは明らかだった。ファーガソンは言った。
「この犬は、後ろ足が自由に動かないんだ」
犬は、ホームズと僕を見上げた。悲しそうな表情だった。
「およそ4ヶ月前のことだ。ある朝、突然、後足が不自由になってしまっていたんだ」
「興味深い。何か意味があるかもしれない」
その時だった。ドアが開き、10代の男の子が入ってきた。男の子は、父親のファーガソンを見て幸せそうに駆け寄り、抱きついた。ファーガソンは男の子を丁寧に抱きしめ返した。ホームズはそれを見て言った。
「今、赤ちゃんに会うことができるかい」
「ああ」
保育士が赤ん坊を連れてくると、ファーガソンは赤ん坊を優しく抱っこした。しかし、ホームズはそんなファーガソンと赤ん坊を見てはいなかった。ホームズは窓を見つめていたのだ。
ホームズはそこに何かを見たようだった。でも、ホームズはそれについて何も言わなかった。そしてこう言った。
「この謎を解くためには、君の奥さんに会わなければならないな。さあ、上の階に行こうじゃないか」
「でも、妻は僕に会おうとしないよ!」
「いや、会うさ」
そして、ホームズは短いメッセージを紙片に書き留めた。保育士がファーガソン夫人にそれを届けると、まもなくして2階から叫び声が聞こえてきたのだった。
( 「サセックスの吸血鬼 第二話」に続く)