A Case of Identity Part One「花婿失踪事件 第一話」和訳

NHKのラジオ番組「エンジョイ・シンプル・イングリッシュ(Enjoy Simple English)」では、簡単な英語でいろんなストーリーを楽しむことができます。

この番組には、和訳(日本語訳)が付いていません。「英語で聴きなはれ」というわけです。

でも「和訳がほしい」と思う方もいらっしゃいますね。そんな方へ向けて、私の拙訳を公開します。逐語訳ではありません。内容をつかむための参考になさってください。

今回は、かのコナン・ドイル原作 ‘A Case of Identity Part One’ (花婿失踪事件)の第一話です。では、どうぞ。

花婿失踪事件 第一話

ある日、僕がホームズと話をしていると、一人の女性が訪ねてきた。その女性は名前をメアリー・サザーランドと言った。

「あなたは警察よりも優秀だと聞きましたわ。私には毎年100ポンドの副業収入があります。もしあなたがホスマ・エンジェルという方を見つけてくださるなら、その収入分をあなたに差し上げましょう」

「それは大変な金額ですね」

「私は60ポンドもあれば生きていけます。そのくらいの収入は主な仕事の方で得られますもの」

ホームズは言った。「あなたのお仕事はタイピングですね。それはそうと、お話を続けてください」

メアリーは驚いた表情をしたが、話を続けた。

「私は自分の父に対して怒りを覚えています。父は、名前をウィンディバンクと言います。

私は、エンジェルさんという男性を探しているのです。が、父はそれを手伝ってくれないのです。それで、ここへ相談にきたんです」

「あなたのお父さんのお名前はサザーランドではないのですね。ということは、ウィンディバンクさんはあなたの継父か。そうですね?」

「はい。でも、私は彼を父と呼んでいます。父と言っても、まだ若者なんですけどね」

ホームズは別の質問を続けた。

「あなたのお母さんはご存命ですか」

「はい。私のほんとうの父が亡くなって、母は父が経営していた会社を継いだんです。

そして、母が新しい父と結婚したとき、その新しい父は会社を売らせてしまいました。たいした金額では売れなかったので、母と父は私が副業で稼ぐ100ポンドに頼って生活しています」

「エンジェルさんについて聞かせてください」

メアリーの頬がポッと赤く染まった。

「エンジェルさんは、とても静かな声で話す人です。色付きの眼鏡をかけています。目が悪いんです。私も目が悪いんですけれど。

エンジェルさんとは、あるダンスパーティーで出会いました。父は、私をどこにも出歩かせようとしないのですが、そのときは遠くフランスにいたんです」

「ウィンディバンクさんは怒りませんでしたか? あなたがそのダンスパーティーに行ったことについて」

「それが驚いたことに、怒らなかったんです。エンジェルさんは私に手紙を書いて送ってくれました。父が次の旅行に出かけるまでの間、毎日ずっと」

「あなたは、どの住所に宛てて手紙を書いていたんですか」

「エンジェルさんはある事務所で働いていて、でも私はその住所を知りませんでした。エンジェルさんが言うには、会社の同僚に私の手紙を見られたくないと。

それで、私は郵便局留めで手紙を送っていました。エンジェルさんは、郵便局で私からの手紙を受け取るんです」

ホームズは、その次に何が起こったかをメアリーに尋ねた。

「エンジェルさんは“お父さんが戻ってくる前に結婚しよう”と言ってくれました。そして、私の手を聖書の上に置かせて、“僕のことだけを想ってくれるね”と、私に誓約させたんです。

母もエンジェルさんのことが好きでした。それで、母は“お父さんには後で私からちゃんと言うから”と言ってくれました」

「結婚式はいつなのです?」

「先週の金曜日に計画していました。エンジェルさんは私の家に馬車でやってきました。その馬車は二人乗りでしたので、母と私が乗り込んで、エンジェルさんは、別の一人乗りの馬車に乗ったんです。

それがエンジェルさんのことを見た最後になりました。その一人乗りの馬車が教会に着いたときには、エンジェルさんは乗っていなかったんです!

ホームズはメアリーに言った。

「ひどい扱いを受けましたね」

「私はそうは思いません。エンジェルさんは私に“何があっても僕を愛し続けてくれ”とそう言ってくれたんですもの。父は“そのうち連絡が来るさ”なんて言うのですけれども・・・」

そう言って、メアリーは泣き出してしまった。

「私が捜査してみましょう。でも、エンジェルさんはあなたの人生から消え去ってしまったのですから、あなたの記憶からも彼のことを消し去ってしまっては?」

「ありがとうございます。でも、私は約束したんです。彼のことを待つと」

メアリーは、ある新聞広告とエンジェル氏からの手紙をホームズに渡し、帰っていった。ホームズはパイプに火をつけると言った。

「ワトソン。僕は以前にもこんな事件を扱ったことがあるよ」

(「花婿失踪事件 第二話」へ続く)