NHKのラジオ番組「エンジョイ・シンプル・イングリッシュ(Enjoy Simple English)」では、簡単な英語でいろんなストーリーを楽しむことができます。
この番組には、和訳(日本語訳)が付いていません。「英語で聴きなはれ」というわけです。
でも「和訳がほしい」と思う方もいらっしゃいますね。そんな方へ向けて、私の拙訳を公開します。逐語訳ではありません。内容をつかむための参考になさってください。
今回は、かのコナン・ドイル原作 ‘A Case of Identity Part Two’ (花婿失踪事件)の第二話です。では、どうぞ。
花婿失踪事件 第二話
ホームズは、いつもの椅子に座ってパイプをくゆらせていた。
「さて、ホームズ。君は僕が見ていない何かを見たんだろう?」
「君だって見てるさ、ワトソン。でも君は、見ていても理解していないんだ。
たとえば、僕はメアリーさんがタイピストだと分かった。なぜかと言えば、彼女のシャツの袖口に複数の線がついていたからだ。タイプするときに袖がテーブルにくっつくんだ。
さあ、メアリーさんが僕に残していった新聞広告を読んでくれるかい」
「ホズマ・エンジェル氏を探しています。風体は、身長5フィート7インチ、白い肌、黒い髪、そして濃い口髭・・・・・・」
「よし、それで十分だ。今度は、エンジェル氏がメアリーさんに書いた手紙の束を見てみよう。君は、その手紙のどこに興味を惹かれる?」
僕は手紙を読んで、言った。
「タイプライターで打ってある」
「そうだ。そして、自分の名前までタイプライターで打っている。そう、これだけでほとんど全て分かったようなものだよ」
ホームズはウィンディバンク氏に手紙を書き、事務所まで来るよう要請した。
翌日、およそ30歳くらいの男性がホームズの部屋に入ってきて、椅子に座った。
「ようこそ、ウィンディバンクさん。返信をくださってありがとうございます。この手紙はあなたがタイプライターで打ったのですね?」
「はい、そうです。娘のメアリーがご面倒をおかけし、申し訳ありません。ホズマ・エンジェル氏を見つけるなんてできっこないと、わかっています」その男性は、そう答えた。
ホームズは、静かに言った。
「できますとも。ウィンディバンクさん、知っていますか? タイプライターというものは一台一台違うんですよ。
エンジェル氏のタイプライターは16の点で特徴があります。たとえば、Rという文字の一部が欠けています。そして、あなたのタイプライターは、まさしく同じ特徴を持っています」
ウィンディバンク氏は飛び起きるように椅子から立ち上がり、帽子をかぶった。
「私にはこんなことをしてる時間はないんだ。エンジェル氏が見つかったら知らせてください」
ホームズはドアまで歩いて行って、鍵をかけた。
「ウィンディバンクさん。私はもうその人を見つけています。驚きですよ。こんな簡単な事件を私が解決できないと、あなたに思われてしまったということがね」
ウィンディバンク氏は、崩れ落ちるように再び椅子に腰掛けた。ホームズは語りかけた。
「何が起きたのか話してみましょう。もし私が間違っていたら教えてください。
ある男が15歳年上の女と結婚した。その目的は金だった。
そして、その男は、娘が一年で稼ぐ100ポンドも自分のものにしたかった。もし娘が結婚してしまうと、その夫婦は100ポンドを失うことになる。そこで、その夫婦は考えた。
男が付け髭をつけて眼鏡をかける。そしてホズマ・エンジェルと名乗る。あなたは娘がその男に恋をするよう立ちまわった。娘が誰か別の男と結婚してしまわないように、だ」
ウィンディバンク氏は静かに言った。
「メアリーがあんなに一心に恋に落ちるなんて、私たちは思わなかったんです」
「しかし、そうなった。つまり、あなた方は成功したんだ。100ポンドのお金は、今もあなた方のものだ。
あなたたちは、エンジェル氏の存在を消す必要があった。
それで結婚式の日、エンジェル氏に扮したあなたは、一人乗りの馬車に乗り込み、ただちにもう一方のドアから馬車を降りた。これは実に古ぼけたトリックだ。
あなたは法律を破ったわけじゃない。だから警察があなたを牢に入れることはできない。だが、見たまえ。ここに鞭がある・・・・・・」
ウィンディバンク氏は慌ててドアを駆け出し、街の通りへと消えていった。
「なんて、ひどい男だ!」
ホームズはそう言って、また椅子へ腰掛けたのだった。
(「花婿失踪事件」終)